3学期、最後の国語の物語文「たぬきの糸車」の授業に入っている。
この授業では、音読(表現読み)もさることながら、1年生の子どもたちなりの「文から見えてくるもの」をたくさんとらえさせたいと思っている。
丁寧な読みになかなか時間がかけられない実態があることは確かだが、一文一文にある言葉にじっくりひたれる時間を創り出したいという思いがある。だから、今回は全文を紙板書にしている。
本音をいえば、この時期は行事もあってそうはいってもいられないかもしれない。が、やっぱり年に一度はこういう「じっくり」の授業をしたくなるんだよね。
昨日は「山おく」ってどんなところなのかというイメージを話し合ったり、「一けんや」とはなんだろう、というようなことを読んだ。
子どもたちの持つ「山おく」のイメージはおもしろい。
また、語彙がまだ未熟な分だけなんとか表そうとする。だから、「山の中よりおく」とか「おくのおく」という言葉も飛び出した。
なるほどなあと感心してしまう。
今日の読みの場面では「やぶれしょうじ」。
やぶれしょうじなのに、おかみさんはほっといたのかという問いに、「お金がなかったんじゃない」という子が出てきた。なるほどねえ。
いたずらたぬきがのぞいていたのにおかみさんがそのままほっておいたっていう場面も「おもしろかったから」「たぬきは初めて糸車を見たから」なんてその子なりに考えていたようだ。
子どもたちにとってははじめて取り組む分析的な読み、全文紙板書でやっているけれど、どうも授業の後半になるとかけ足気味になる。悪い癖です。
ところで「糸車」というのは、もともとはインドで発明されたものみたいだ。
■「糸車」Wikipedia記事より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%B8%E8%BB%8A
糸車は女性が使う道具であるというジェンダーが含まれている。
だから「おかみさん」しかでてこないのかわからないけれど、もう少し上の学年で読んでみたら違う読みの視点がでてくるのかもしれない。
この授業では、音読(表現読み)もさることながら、1年生の子どもたちなりの「文から見えてくるもの」をたくさんとらえさせたいと思っている。
丁寧な読みになかなか時間がかけられない実態があることは確かだが、一文一文にある言葉にじっくりひたれる時間を創り出したいという思いがある。だから、今回は全文を紙板書にしている。
本音をいえば、この時期は行事もあってそうはいってもいられないかもしれない。が、やっぱり年に一度はこういう「じっくり」の授業をしたくなるんだよね。
昨日は「山おく」ってどんなところなのかというイメージを話し合ったり、「一けんや」とはなんだろう、というようなことを読んだ。
子どもたちの持つ「山おく」のイメージはおもしろい。
また、語彙がまだ未熟な分だけなんとか表そうとする。だから、「山の中よりおく」とか「おくのおく」という言葉も飛び出した。
なるほどなあと感心してしまう。
今日の読みの場面では「やぶれしょうじ」。
やぶれしょうじなのに、おかみさんはほっといたのかという問いに、「お金がなかったんじゃない」という子が出てきた。なるほどねえ。
いたずらたぬきがのぞいていたのにおかみさんがそのままほっておいたっていう場面も「おもしろかったから」「たぬきは初めて糸車を見たから」なんてその子なりに考えていたようだ。
子どもたちにとってははじめて取り組む分析的な読み、全文紙板書でやっているけれど、どうも授業の後半になるとかけ足気味になる。悪い癖です。
ところで「糸車」というのは、もともとはインドで発明されたものみたいだ。
■「糸車」Wikipedia記事より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%B8%E8%BB%8A
糸車は女性が使う道具であるというジェンダーが含まれている。
だから「おかみさん」しかでてこないのかわからないけれど、もう少し上の学年で読んでみたら違う読みの視点がでてくるのかもしれない。
暖冬で、すっかり今がまだ冬だということを忘れていた。
久々に今日は雪。
昨日の体育は体育館が冷え込んでいたので、体を温める為に鬼ごっこだの、「だるまさんがころんだ」などして体を動かした。
その、「だるまさんがころんだ」が楽しかったのか、久々だったのか、クラスの「遊び係」が昼休みに参加者を募集していた。
別の用事(ボールを屋根に挙げてしまった子ととりにいく)で校庭に出てみると、子どもたちが集まってきて「やろう、やろう」という。よーし。
外は、どんどん粉雪が降ってきて、体はびしょびしょになりながら、それでも「だるまさんが…」は進んだ。楽しげな雰囲気に、見ていた子たちも集まり始めた。
そう、そうやって遊びが大きくなっていくんだろう。
そのうち、「だるまさんがねっころんだ」とか「だるまさんがねこのまね」なんて変則技もできたらいいな。大股何歩なんてのも自分たちでいろいろ変えたらいい。
そんなことを思った日。
久々に今日は雪。
昨日の体育は体育館が冷え込んでいたので、体を温める為に鬼ごっこだの、「だるまさんがころんだ」などして体を動かした。
その、「だるまさんがころんだ」が楽しかったのか、久々だったのか、クラスの「遊び係」が昼休みに参加者を募集していた。
別の用事(ボールを屋根に挙げてしまった子ととりにいく)で校庭に出てみると、子どもたちが集まってきて「やろう、やろう」という。よーし。
外は、どんどん粉雪が降ってきて、体はびしょびしょになりながら、それでも「だるまさんが…」は進んだ。楽しげな雰囲気に、見ていた子たちも集まり始めた。
そう、そうやって遊びが大きくなっていくんだろう。
そのうち、「だるまさんがねっころんだ」とか「だるまさんがねこのまね」なんて変則技もできたらいいな。大股何歩なんてのも自分たちでいろいろ変えたらいい。
そんなことを思った日。
たぶん,捨てられない病かも。
教員をしていると,どうしても毎日のようにたまっていく紙類。
パソコンはかえって印刷類を増やしてしまっているかもしれない。
これは必要。
これはいらない。
と,すっきりさせたい机上。
ファイリング,分類するのが苦手なんですね。
昔「超整理術」も読んだことがあったけど,まずは捨てる勇気と決断力ですかね,やっぱり。
教員をしていると,どうしても毎日のようにたまっていく紙類。
パソコンはかえって印刷類を増やしてしまっているかもしれない。
これは必要。
これはいらない。
と,すっきりさせたい机上。
ファイリング,分類するのが苦手なんですね。
昔「超整理術」も読んだことがあったけど,まずは捨てる勇気と決断力ですかね,やっぱり。
今年度の校内研究のまとめを受けて、来年度の見通しを持つ会があった。
本校は算数を研究の柱にしている。
少人数指導は高学年に入っているけれど、習熟度別指導ではなく、事前テストなどをもとにした「等質分割」グループをとっている。ここでの「等質分割」という用語については再考しなくてはならないだろうけど、テスト結果も含めてクラスを2つにわけるということだ。ある意味画期的だと思う。
算数で3年研究がすすんだけれど、学級づくりが授業づくりのベースにつながるというような討論があった。最近の興味にある「学習集団づくり」にもつながるので、こうした討論が校内研でできるのはうれしい。
ほかに、学級づくりでできそうな集団遊びや班指導のしかたも研究でふれる見通し。
班指導は一歩間違うと、管理学校を目指しそうだが、集団づくりの視点が入るのは楽しみでもある。
本校は算数を研究の柱にしている。
少人数指導は高学年に入っているけれど、習熟度別指導ではなく、事前テストなどをもとにした「等質分割」グループをとっている。ここでの「等質分割」という用語については再考しなくてはならないだろうけど、テスト結果も含めてクラスを2つにわけるということだ。ある意味画期的だと思う。
算数で3年研究がすすんだけれど、学級づくりが授業づくりのベースにつながるというような討論があった。最近の興味にある「学習集団づくり」にもつながるので、こうした討論が校内研でできるのはうれしい。
ほかに、学級づくりでできそうな集団遊びや班指導のしかたも研究でふれる見通し。
班指導は一歩間違うと、管理学校を目指しそうだが、集団づくりの視点が入るのは楽しみでもある。



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