2007年02月28日 (水) 19:02 | 編集
3学期、最後の国語の物語文「たぬきの糸車」の授業に入っている。
この授業では、音読(表現読み)もさることながら、1年生の子どもたちなりの「文から見えてくるもの」をたくさんとらえさせたいと思っている。
丁寧な読みになかなか時間がかけられない実態があることは確かだが、一文一文にある言葉にじっくりひたれる時間を創り出したいという思いがある。だから、今回は全文を紙板書にしている。
本音をいえば、この時期は行事もあってそうはいってもいられないかもしれない。が、やっぱり年に一度はこういう「じっくり」の授業をしたくなるんだよね。
昨日は「山おく」ってどんなところなのかというイメージを話し合ったり、「一けんや」とはなんだろう、というようなことを読んだ。
子どもたちの持つ「山おく」のイメージはおもしろい。
また、語彙がまだ未熟な分だけなんとか表そうとする。だから、「山の中よりおく」とか「おくのおく」という言葉も飛び出した。
なるほどなあと感心してしまう。
今日の読みの場面では「やぶれしょうじ」。
やぶれしょうじなのに、おかみさんはほっといたのかという問いに、「お金がなかったんじゃない」という子が出てきた。なるほどねえ。
いたずらたぬきがのぞいていたのにおかみさんがそのままほっておいたっていう場面も「おもしろかったから」「たぬきは初めて糸車を見たから」なんてその子なりに考えていたようだ。
子どもたちにとってははじめて取り組む分析的な読み、全文紙板書でやっているけれど、どうも授業の後半になるとかけ足気味になる。悪い癖です。
ところで「糸車」というのは、もともとはインドで発明されたものみたいだ。
■「糸車」Wikipedia記事より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%B8%E8%BB%8A
糸車は女性が使う道具であるというジェンダーが含まれている。
だから「おかみさん」しかでてこないのかわからないけれど、もう少し上の学年で読んでみたら違う読みの視点がでてくるのかもしれない。
この授業では、音読(表現読み)もさることながら、1年生の子どもたちなりの「文から見えてくるもの」をたくさんとらえさせたいと思っている。
丁寧な読みになかなか時間がかけられない実態があることは確かだが、一文一文にある言葉にじっくりひたれる時間を創り出したいという思いがある。だから、今回は全文を紙板書にしている。
本音をいえば、この時期は行事もあってそうはいってもいられないかもしれない。が、やっぱり年に一度はこういう「じっくり」の授業をしたくなるんだよね。
昨日は「山おく」ってどんなところなのかというイメージを話し合ったり、「一けんや」とはなんだろう、というようなことを読んだ。
子どもたちの持つ「山おく」のイメージはおもしろい。
また、語彙がまだ未熟な分だけなんとか表そうとする。だから、「山の中よりおく」とか「おくのおく」という言葉も飛び出した。
なるほどなあと感心してしまう。
今日の読みの場面では「やぶれしょうじ」。
やぶれしょうじなのに、おかみさんはほっといたのかという問いに、「お金がなかったんじゃない」という子が出てきた。なるほどねえ。
いたずらたぬきがのぞいていたのにおかみさんがそのままほっておいたっていう場面も「おもしろかったから」「たぬきは初めて糸車を見たから」なんてその子なりに考えていたようだ。
子どもたちにとってははじめて取り組む分析的な読み、全文紙板書でやっているけれど、どうも授業の後半になるとかけ足気味になる。悪い癖です。
ところで「糸車」というのは、もともとはインドで発明されたものみたいだ。
■「糸車」Wikipedia記事より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%B8%E8%BB%8A
糸車は女性が使う道具であるというジェンダーが含まれている。
だから「おかみさん」しかでてこないのかわからないけれど、もう少し上の学年で読んでみたら違う読みの視点がでてくるのかもしれない。




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